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弦の怪談実録 あなたのうしろに霊がいる!

第2話 幽霊の見え方の違いと霊道の話 その2

【語り手】富樫孝治さん(仮名) 48歳・神奈川県在住
【インタビュー採録と構成】弦スタッフ

前回に続いて、富樫孝治さん(仮名)の心霊体験をご紹介します。その1では幽霊の姿が見えるようになってしまったことでいらぬ苦労を背負い込む羽目に陥った経緯や、目視される霊体の鮮明度はその念の強さに比例するといったことを教えていただきましたが、今回はそれとつながる形で、仕事の慰安旅行先で遭遇した女の悪霊についてのお話を披露していただきました。

旅行先の温泉地で、霧の中に女の霊が出現した話
これはつい最近、と言っても3年くらい前の話なんですが、業者関係の集まりで親睦旅行の企画が持ち上がりまして、今後の営業に役立つかなと思って私も参加させてもらいました。それでその旅先で、お話ししたような「はっきり見える霊」と遭遇し、ちょっとした騒ぎに発展したことがあったんです。
まだ残暑が残る初秋の時期、同業者のおじさんばかり総勢20名あまりを乗せたマイクロバスが向かった先は、北関東の奥地にたたずむ秘湯の温泉旅館でした。その時の幹事がたまたま温泉マニアだったせいで、そういうことになってしまったんですが、なんせ山奥のひなびた宿ですから、どんちゃん騒ぎの宴会をして温泉に浸かった後はもう何もやることがないわけです。私個人は静かな場所で日頃の疲れが取れて大満足でしたが、窮屈な家庭を離れて羽を伸ばすつもりだった数人が不満を漏らしまして、夜更けになってから最寄りの集落に1軒だけあるというスナックへ繰り出しちゃったんです。元々台数が少ない地元のタクシーはすでに営業時間外。そうかと言って店まで歩いたら小一時間はかかる。何よりも慣れない人間が山の夜道を歩くのは危険ですと、宿の人たちは強く止めたのですが、血気盛んなおじさんたちはまるで聞く耳持たずでした。
それで彼らが出掛けてから2時間くらい経った頃でしょうか、幹事の携帯にいきなり連絡が来まして、「道に迷ったみたいだから助けに来てくれ」と。案の定と言いますか本当に、いい歳してバカですよね。
事情を知った旅館の従業員から「間違って山の上へ上がったら遭難しますよ」と真顔で脅されて、残った連中は大騒ぎになりました。それで乗ってきたマイクロバスと宿の車の2台連れで、彼らを探しに行ったという次第です。
辺りはいつの間にか霧が深くなっていて、ヘッドライトで照らしても数メートル先の道路しか見えない状態で、加えて対向車とギリギリすれ違えるくらいの狭い山道ですから、ちょっと危険な捜索になりました。それでも何とかその連中を見つけ出して、無事にマイクロバスに乗せることができたんですが、皆一様に顔が青ざめていて、やがてそのうちの1人が「霧の中で女の幽霊を見た」って漏らしたんですよ。
何でも岐路を間違えて山奥の方に迷い込んだ時、道端に道祖神だか荒神だかの祠があって、いきなりその背後から女が飛び出してきたって言うわけです。で、そいつが自分たちの後ろをずっと追いかけてきたと。
運転役の人も同乗していた幹事も「そんなことあるかよ」って一笑に付したんですが、私は全然笑えませんでした。その少し前から車窓の外に、まるで同じ存在を見ていたものですから…。

車窓のすぐ外、瞼のない目でこちらを凝視する「空飛ぶ女」
その女の姿が見え始めたのは、宿を出てから間もなくの頃でした。空を低く飛ぶというか、宙を舞うといった体(てい)で、ずっと我々の車と並行して移動していたんです。
元は赤色の花柄だったと思われるボロボロのワンピースを着て、手も脚も枯れ木のように痩せ細り、全身が憎悪に満ちているというか、鬼気迫る表情を浮かべていました。宙に浮かんでいること以外の外見は生きている人間とほぼ同じ質感だったので、(あっ、コレは例のヤバイやつだ!)とすぐに気付きました。そんな生々しい悪鬼のような存在が、窓ガラス越しに血の気のない顔を寄せて、私の方を睨んでいたというわけです。
「おまえ、見えているんだろっ。返事しろっ」と、頭の中にその女の声が直接響いてきましたが、私は完全に無視していました。そうしたら余計に怒らせちゃったみたいで、最後は身体半分をバスの車内へめり込ませて、さらにこちらへ近づこうとしてきたんです。それであわてて霊を追い払うと言われるお経を唱えたんですが、あまり効いているようには見えませんでしたね。真っ黒な口をパクパクさせながら、瞼が腐り落ちた眼球でジットリと睨みつけられるのは心底、気持ちが悪かったです。
で、そんな攻防の最中に例の迷子になった連中を見つけたのですが、まさか彼らの目にも女の霊の姿が映っていたとは思いませんでした。
帰りのマイクロバスの車内には、途中で救助した連中も含めて合計7人が載っていたのですが、そのうちの半数が何らかの形で霊の存在を感じ取っていたみたいです。もちろん、元々の霊感の有無も関係しているとは思います。でも、それ以上に深い霧の気候というのは、通常よりも霊体が目視されやすい傾向があるんです。またいったん見えてしまうとそれが癖になる、ということもあると思います。あちらの次元といったん波長が合ってしまうと、視覚や聴覚などの五官がそれに取り込まれて、異常な感覚が持続するんですね。ですから道に迷って霊に遭遇した当事者たちは、その後も宿へ戻るまでずっと見え続けて震えていました。

無差別に祟りを為す強力な悪霊は、その道の専門家でなくては祓えない
それでね、結局、その女の霊は宿まで付いてきてしまったんですよ。風が吹き込んでいるわけでもないのに、ロビーの置物や調度が倒れたり、窓ガラスがバンバン叩かれるような音がしたり。従業員は首をひねっていましたが、こちらは屋内を飛び回る女の姿が見えていたので、慌てて自分の部屋へ逃げ込みました。
何せこちらは見えるだけの素人で、お祓いに関する専門的な知識も技術もありませんからね、しかたがないといえばそれまでなんですが。一方で向こうはかなりの強者であるわけです。強い念のエネルギーをオーラのように発していて、しかも生きている人間に対して無差別的な恨みを抱いた悪霊ですから。
私はそういうのを「野良の祟り霊」って呼んでいるんです(笑)。つまり心霊スポットやら特殊な因縁が染み着いた場所やらで人に取り憑いて色々と悪さをする奴らで、単なる地縛霊や浮遊霊よりワンランクもツーランクも上の存在ですね。こういう怨霊の類というのは、特定の相手に恨みを抱いて祟るのではなくて、普通に生きている人間全部を憎んでいます。それで関わった者は相手構わず霊障の地獄に引きずり込むと。まあ、言ってみれば無差別テロリストみたいなものですかね。
いまいちイメージしにくい方は、ホラー映画の貞子や伽耶子を思い浮かべていただくと良いかもしれません。もちろん物語ですから、どちらもスーパーマン並にデフォルメされていますが、「生きとし生けるもの、全てを憎む」というメンタリティはまるで同じです。
これまでの実体験に則して言うと、そういう奴はね、やっぱり本格的な加持祈祷ができるお坊さんとか年季が入った拝み屋さんとか、そういった専門家じゃないと完全には祓えないんですよ。素人がたまたま「祓えた」と思っても、またすぐ元の場所に戻ってきますから。圧倒的な呪力を使って霊の力を完全に封じるか、もしくはきちんと成仏させないとダメなんです。まあ実際にはプロであっても難しい仕事のようで、祟りのとばっちりを受けて霊能者自身がトラブルに遭うというのもよく聞く話です。
それはさておき、問題の女の霊はそのまま放置できないので以前、知り合いのお坊さんに教えてもらった魔除けの術を見よう見まねで試し、明け方近くにようやく祓い除けることができました。今言った通り、あくまで一時的な措置でしたが、おかげで少なくとも私個人が深刻な憑依や霊障を受けるということはありませんでした。
ただ他の人たちはダメでしたね。その後、女の姿を目撃した連中のうち、私を除くほぼ全員が重い病気をするとか、多額の借金を負うとか離婚とか、何かしらの災難に遭ったみたいです。繰り返しますが、私個人は修行をしたプロの霊能者ではないので、辛うじて自分の身を守るのが精一杯で、他人を霊障から救うなんてことはとてもできないんですよ。役立たずで申し訳ないんですけど…。

霊体は水気の多い場所や水蒸気の中などで目視されやすい
それにしてもあの恐ろしい女の霊は、一体何者だったんでしょうかね。自殺霊なのか、それとも事故死や誰かに殺された霊なのか、そういった素性は全然分かりませんでした。宿の関係者や地元の人間は何か知っていたのかもしれないですが、下手したら営業妨害になりかねないようなことをおいそれと教えてくれるはずはないですしね。それにしても、とっくの間に肉体が朽ち果てているのに、下手な人間の犯罪者よりもずっと気迫と悪意に満ちていました。ああいう存在には今でもごくたまに遭いますが、本当に恐ろしいです。
またさっきも言いましたが、普段は「見えない」人も、濃い霧や朦々(もうもう)とした水蒸気の中などでは霊を見やすいというのも経験上、確実に言えることで、また他の人たちからもよく聞く話です。霊体と水の気との間には、切っても切れないような深い関係があるみたいですね。恐らく彼らは水蒸気(水の分子?)を身にまとった時に最も分かりやすく可視化するということと、水自体から何かのエネルギーを得て実体化しているという、ふたつのことが言えると思うのですが、さらにここに「霊道」という要素が加わると、霊感のない一般人でも幽霊を目撃する確率が高まります。